劇場版まどか☆マギカ 叛逆の物語 感想

1回目(2013/10/27)

公開初日からTwitterでネタバレっぽいツイートが見えていたので、これはやばいと思って翌日夜のチケットを取った。

序盤ではさっそく魔女世界で「Welcome To Cinema」とメタっぽい演出がなされてから人を食ったようなミュージカルが始まって、早くも笑えた (後から考えれば、これがほむらの作り出した魔女世界の入り口で、みんなここで取りこまれていったんだろう)。 それ以降も、中盤までは「ぱにぽにだっしゅ!」のオオサンショウウオみたいな演出で話すペペや、シルエットで動きまわる変身シーンなど、新房監督のひとつの集大成といった雰囲気だった。

そして中盤、この世界の違和感が説明され、突然記憶を取り戻したほむらとマミのバトルシーン。 お互いに相手に対して銃を撃ちまくっているのに、最後でほむらがマミに攻撃するチャンスを得た時、殺すことをためらったのが少し謎。

さやかがこの世界について説明するところでは、黒幕がほむらであることをこんなにあからさまに仄めかしていいのか……と思っていた。 TV版の最後で、確かにほむらは翼が濁ってしまっていたし、一応筋は通っている。でもまどかがいる限り魔女化はしないはずでは? ……と思っていたら、これまで普通のマスコットキャラを演じていたキュウべえが、あっさりと真相を話し始めてしまい、 ほむらが自分を犠牲にしてまどかを守ろうとするところまでほぼ見える。 これから他の魔法少女がほむらを狩ることでカタを付けるのかなー、と思っていたら、どうもほむらも救済するつもりらしい。 おいおい、そんな明るい王道展開でいいのか。

かと思ったら、土壇場でほむらが暴走して、思わず「おおっ」と声が出た。

ほむらが世界を破壊して、その上まどかの意思を無視してまで自分の世界に引き込み、まどかと一緒にいられる時間を少しでも引き延ばそうとする行動は、 まさに中盤でさやかに指摘された「すぐに自分の世界に逃げ込む悪いクセ」であり、最後までずっと治っていないというのが素晴らしい。 ほむら自身、再構築した世界でもまどかが再び敵になり得ることを認めているので、これは一時の気休めでしかなく、ほむらが本当に求めている、 永遠の関係ではありえない。 それなのに、仲間どころか世界の救済を踏みにじってまで、一時的にまどかと一緒にいる権利を得るためだけに、自分以外は誰も納得しない形で理想の世界を構築してしまう。 これはただの逃げでしかなく、自分が逃げるためなら他の全てを巻き込んでも構わない、という傍若無人っぷりである。 エヴァのシンジですら作品内で成長したのに、ほむらはまどかを救うという名目で自分の安らぎを得ようとすることに終始していて、まったく成長していない。

魔女の世界終盤で、ほむらがまどかのために絶望を受け入れようとする所から、仲間たちが救い出そうと戦ってまどかが降臨するまでの所では、 最終的にみんなが救われる「明るいエヴァ」になってしまうのかと思って半笑いだったが、ほむらがまどかを取り込んで自分のためだけの世界を構築しようとした瞬間、 衝撃を受けるとともになんだか安心した。 ほむら本人はこれを「愛」と呼んでいたが、そうだとしても、まどかの願った世界すら壊し、 自分が悪魔になってでもまどかと一緒にいるという形は、極限までねじ曲がっていて、一方的で、本当に狂っていると思う。 何回ループしてもまどかを救えず、最後にはまどかの存在そのものが世界から消えてしまうという究極の別れになって、壊れてしまったのかもしれない。

最後まで観て、ほんとうに心から満足した気がする。 自分が欲しかったのはこういう話だったのだろう。

2回目(2013/11/11)

昼ごろ起きて、研究室に行こうと家を出たら雨が降ってきて萎えたので、喫茶店で本を読んでから2回目を観に行った。

展開をあらかじめ知っているので、1回目は気づかなかった細部に気を配りながら観ることができた。

2回目でも、キュウべえがいかにもな魔法少女のマスコットのふりをしているのは笑える。 何がきゅっきゅーだ!お前はそういう奴じゃないだろ!!

魔法少女の変身シーンでも、魔女化したことのあるキャラだけ魔女文字が出てくる。 あと、さやかの走るとことか、ほむらの手を伸ばしても届かないとことか、これefのOP・EDでやったやつだよなぁと思った。 そういうところも新房監督の集大成っぽい。

ほむらが真実に気付き始めてモブの顔がおかしくなってからも、1人だけそのままの男の子がいたのがちょっと気になった。 魔女世界を破壊したあとでもちらっと出てくるので、ほむらが意識して取り込んだ人っぽい。

ほむらがまどかの半身を取り込んで世界を再構築したことも、ほむらが魔女世界で最後にまどかと交わした会話でまどかの本心を知ったからという指摘があったが、 それを考えてもやっぱりほむらは身勝手で変わっていないと思う。 いくら元のまどかが孤独な神になることを望んでいなかったとはいえ、最後にその道を選択したのはまどか自身なのだから、 本当にまどかを尊重するのであればそのままの世界を維持するべきだっただろう。 実際、ラストでもまどかは円環の理に戻ろうとする素振りを見せているし、結局ほむらは壮大に周りを巻き込んで自分の理想の世界を作り、それに見合った業を背負い込んだだけである。 しかし、そのような究極の自分勝手を押し通してもなお赦されているという話の作りはほんとうに素晴らしいし、そんな生き方でも良いのだという気がしてきて生きる勇気が湧いてくる。

あと、魔女世界が滅ぶシーンでは月が割れて血を流したり、巨大な目が開いていたりするが、こういう演出はどう見てもエヴァである。 ほむらが世界を再構成するときに地球全体を謎のエフェクトが覆う演出も、完全に人類補完計画が発動した瞬間の十字架にしか見えない。 意図的にやっているのか、それとも世界を書き換える系の話はエヴァの呪縛から逃れられなくなっているのか……。 他にも、キュウべえたちが展開したフィールドの上に漂う球体や、それを破壊するときの魔法陣が開いて一斉砲撃するところ、ほむらとマミの銃撃戦などには どことなくリリカルなのはっぽさを感じたが、これは流石に邪推かもしれない。

そういったエヴァっぽさも含めて、ほむらが自分の望む世界を作ってやり直すという展開はRE-TAKE(エヴァの同人誌)と似ている。 ただし、RE-TAKEではシンジが納得の行く結末を探すために世界を作っていて、最終的にはシンジが成長を見せて終わったが、まどかマギカではほむらがそこに留まることが目的だったという点で明らかに違う。 また、閉じた世界の製作者兼監視役がその中に組み込まれていて、しかもそれに無自覚という構造は、魔法陣グルグルのレフ島の話とほぼ同一である (もっとも、そういう作品は他にもあるかもしれない)。

前回この映画を観てから、まとめサイトなどで「実はほむらは最善の選択をした」という説を散見して少し不安になっていたのだが、改めて観るとやはりほむらは自分勝手で、 やはり自分の感じたことは間違っていないと確信した。